2020年の振り返りと2021年に思うこと

ふと思ったこと

まさかこのような年になるとは思わなかった2020年もあと6時間弱で終わり。3月中旬頃から話題の中心はずっと新型コロナウイルスで、今もまだ終息の気配がありません。一般には悪いことの方が多かった一年だったでしょう。しかし、幸いにも自分にとってはそれほど悪い一年ではありませんでした。

いろいろと制限されたとはいえ、香港に比べたら自由はあるし、逆に制限されてよかったことも多々ありました。例えば、誰も得しない飲み会の消滅公共交通機関の乗車率減飲食店での座席間隔の拡大(ゆったり食事ができた)、手洗い習慣の定着「コロナのせいで」という新しい言い訳の誕生などは、憎きコロナがもたらしたメリットであると実感します。もちろん、その一方で苦労されている方々もおられるので、感謝を忘れず自分にできることを粛々とやっていかねばなりません。

2020年4月29日、多摩川河川敷にて

2021年、コロナはどうなる?

特に根拠はありませんが、僕はコロナに振り回される生活は2021年も続くと思っていて、さらにコロナが終息してもコロナ以前の世界に戻るとは思っていません。なぜなら、リモート会議やテレワークで仕事ができて、経済が回ることが証明されてしまったからです。出張は必要最低限になるでしょうし、テレワークができる人たちはコロナ後も出社(通勤)しないでしょう。そうなると公共交通機関や飲食店は売上減となるし、その燃料や原材料を扱う業界もまた同じ状態に陥ると考えられます。つまり、コロナが終息したからといってコロナ以前のやり方しかできない人たちは淘汰され、逆に新しい価値観を導入できる人たちが台頭するのではないでしょうか。

例えば、いまは電車やバスの窓を開けて無理矢理に換気をしていますが、今後は飛行機のように窓を開けなくても換気ができるようになるとか。そうなれば、冷房や暖房の空調負荷が減って節電になるし、虫や雨が入ってきたりもしませんね。新しい常識を如何に生み出して取り入れて実行できるかが、コロナ後を生き抜く上で重要になってくると思います。「コロナが終わった!よかった!」だけでは駄目だということです。

2020年7月16日、とかち帯広空港にて

with コロナ

ところで、「コロナだから○○しない」という発想は、高齢者や子供や重篤な基礎疾患のある方などに対しては重要ですが、それ以外のところではちょっと短絡的すぎるので改めるべきと思っています。コロナだから出掛けない、外食しない、旅行しないなどなど、何でも「○○しない」ではなくて、「どうしたらできるのか?」を考えて実行していかないと、それこそコロナに屈服した世界になってしまいます。

十分気をつけていてもかかってしまうのがコロナです。これは他の病気にも同じことが言えるし、交通事故だって誰も起こしたくないけど起きてしまうではないですか。「事故が怖いから車を運転しない」ではなくて、どうしたら事故を起こさず運転できるか?を考えて安全運転を心がけるし、メーカーは安全運転のサポート機能を開発したりしているわけで、その方が遥かに利口ですし、少なくとも僕はコロナに対しても同様に接していきたいと思っています。

手前から、千葉、東京湾、東京、富士山

最後に

今年最後の記事ということで、あえて長々と書きました。要約すると「コロナは来年も続くし、終息後の世界はコロナ以前とは別世界になるでしょう」ということで、2021年もコロナに屈することなく自分にできることを楽しみながら過ごしたいと思います。2021年の年末には楽しい内容の記事が書けますように。

みなさま、よいお年をお迎えください。

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