多摩川スピードウェイ跡地に残る歴史的建造物に触れてきた

先月からウォーキングとジョギングにハマっているのですが、Googleマップの距離計測にもハマっていて、「このルートだと○kmかぁ」などと時間の許す限りマウスを動かしています。すると先日、自転車で走り慣れているはずの多摩川河川敷に「多摩川スピードウェイ跡」の表示を見つけ、とても気になりました。約7年間で何十回も通っていますが、スピードウェイなんてものは見た記憶がありません。果たして一体何なのか、あえて下調べせず現地に向かってみることにしました。

多摩川スピードウェイとは?

異質な階段状の構造物

まるでRPGの宝探しのような気持ちで現地まで自転車で向かいました。Googleマップによればこのあたりが多摩川スピードウェイ跡です。いままで気にしていませんでしたが、言われてみるとここだけ土の法面ではなく階段状のコンクリート構造物になっているのには違和感を覚えます。目の前にサッカー場や野球グラウンドがあるものの、試合を観戦するためのものにしては広すぎるし、一体何なんでしょうか。

休憩するにはちょうどいい階段
微妙な傾斜の平らな部分もあり

小さすぎる記念プレートがあった!

注意深く痕跡を探すべく、ここからは自転車を降りて歩いてみました。すると、30cm四方ほどの小さな記念プレートがコンクリートに埋め込まれているのを発見しました!これは気をつけていなければ絶対に気づきません(拡大版はこちらからどうぞ)。

控えめにも程があるプレート

多摩川スピードウェイは想像以上に凄かった

多摩川スピードウェイの正体は、日本初の常設サーキットでした。これだけでも凄いことですが、造られた年代が戦前であることと、収容人数が3万人だったという事実にはただただ驚くばかりです(詳細はWikipediaを参照)。1936年6月7日の第1回大会では、あの本田宗一郎も自製の車でレースに参加したそうです(こちらの記事も参考に)。

そしてあの異質な階段状のコンクリート構造物は、多摩川河川敷という場所柄もあって、堤防を兼ねた3万人収容の観覧席だったことが判明しました。80年以上前に造られたのだから、道理で古めかしいわけです。ちなみに、現在グラウンドになっている場所がサーキット場だったようですが、残念ながら面影はありません(それとも入念に探せばまだ何か残っているでしょうか!?)。

上記の記念プレートは2016年に開設80周年を迎えた記念として設置されたもので、除幕式にはタレントの堺正章さんも出席されたようです。

記念プレートと記念撮影

せっかくなので愛車のEscape Airと記念撮影しました。ここでは高架の線路を走る東急の車両を背景にして何度も撮影をしていますが、その線路に背を向けて撮影することになるとは思いませんでした。

ひっそりと埋め込まれたプレートと共に

今後もずっと残ってほしい

サーキット場は姿を消してしまいましたが、観覧席は歴史的建造物として当時の名残を現代に伝えてくれています。この階段がそんなに凄いものだとは知らず、今回初めて認識しました。若き日の本田宗一郎もこの景色を見たのかと思うと感慨深いものがあります。記念プレートも埋め込まれたことですし、今後もずっと残ってほしいと思いました。


追記:2021.7.22

多摩川スピードウェイの観覧席が取り壊しの危機にあることをこちらの記事で知り、しかも着工予定が今年の10月(3ヶ月後!)ということでとても驚きました。新たな堤防を造設することが目的のようですが、失った歴史は二度と取り戻すことはできません。国交省には、取り壊しを前提とした古臭い工事計画ではなく、新旧共存といった”いまどき”の対応をお願いしたいと切に思います。

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